2015年07月04日

奇才

昨日の夜、BSフジで「2001年宇宙の旅」が放送されてました。

ん〜、、今まで何回観たでしょうか?>2001年宇宙の旅。
おそらく4、5回だと思いますが・・・
何回観ても、、、後半が「ポッカ〜ン」です(汗)

が・・・人間、歳をとって再度、観てみれば何か新しい発見があるかもしれないと思い、また観てみました。

天才・奇才と呼ばれるスタンリーキューブリック監督の作品ですが、難解すぎます。
結局、何も意味がないんじゃないかと思いたくなるくらいの難解度。

途中、人工知能のHALと人間の戦いって感じのサイバーホラーっぽい話しの流れまではわかるんですが
後半の光の洪水や、なぜか?部屋の中に入ってるポッドのシーン
そして・・・何度観ても口がポッカーンって開いてしまう最後の宇宙空間に浮かぶ胎児。
終わった瞬間は・・・え?終わり???この先があるんでしょ?って思ってしまうラストシーンに・・・今回も理解できず。。。orz

答えはないにしても、何かしら自分なりの解釈で説明出来れば、それはそれで映画の醍醐味だと思うんですが、この映画は何をどう解釈していいのかも思いつかないくらいに難解。

この映画が名作扱いされてるのって・・・理解できないものをスゴイと言ってる自分が、クリエイティブな人間だと知らしめてるような(汗)
鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」をイイ映画だって言ってるのと同じ感覚のような気がします。


にしても・・・この「2001年宇宙の旅」で描かれてる映像が、わたしが1歳の時(1968年)つまり47年前に公開された映画の中だってことが一番の驚きです。
普通、SF映画ってのは数年後に観ると、そのチープな画像や設定に、失笑したりするものですが、2015年の今、観ても色褪せない映像クオリティは・・・その内容が意味不明でも観る価値ありって点で、、名作なんでしょう。



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posted by 司馬 at 00:00| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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